心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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    私たちは「知恵」によって生かされてきた。

    宗教でも科学でも経済でもなく・・・。

    経験の積み重ね・・・。
    ひとりひとりのかけがえのない体験の積み重ね。

    それは、知性でも神秘でも不思議でもなく・・・。
    この世とあの世のあるがままの姿。
    素直に受け止める以外にない赤裸々な人間の姿。

    それが人を本当に生かしてくれる力なのかも知れません。

    瀬戸内さんの言葉は揺らぎなくたくましい。



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    【2013/01/25 23:24】 | スピリチュアル
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     父が亡くなって1年半が経とうとしています。

     3.11以前、よくしていた瞑想の時間は、連日の情報収集のためのネットサーフィンにかき消され、友人と飲む機会は殆ど無くなり、所属していた合唱サークルもやめてしまいました。

     原発の事、言わずもがなでピンと来る方。以前から関心を抱いていて、私以上にたくさんの事を知っている方。実は、60代以上にたくさんいらっしゃいます。もちろん、今も最先頭に立っていらっしゃる方もたくさんおられます。が、意外にひっそりと、背後から見守って下さっている方もおられます。

     ある講演会で知り合った方。ダイオキシン等の公害問題で10年以上走り回り、とうとう鬱病になってしまったそうです。
     仕事の傍ら、様々な作業を一手に引き受けていたという、生真面目で典型的な「鬱病」にかかり易いタイプの方。



     なるほどと思い当たる節もあり、私は最近、久しぶりに短い瞑想の時間をもつようになりました。
     瞑想は、忙しい時、緊迫し不安と緊張で一杯の時にこそやるべきものなのだと思い至っています。


     人の心は壊れ易いものです。

     比較すべきではないのでしょうが、イラクに派兵された日本の自衛隊員、アメリカの若い兵士の自殺率がとても高い事実、そして敢えて云うのですが、福島県でも同様であること。これらの底には同じ根を持った心の現象があるのではないかと思っています。


     「信頼」の喪失というのが間違いなく一つの大きな原因ではないのかと思います。

     政府や国や自治体に対する?
     「世の中」に対する?
     家族に対する?
     愛する人に対する?
     
     そうではなく、「私」自身をも含めた人間存在そのものに対する「信頼」の喪失。それは一つの大きな要因ではないのかと想像します。


     「人間そのものに対する絶望」

     などと云うと、「そんな哲学じみた?」と、反論が返ってきそうです。

     自分以外の存在=「世界」に対する絶望。あるいは自分自身の実存=「私」に対する絶望。一卵性双生児のような二つの事象は、「自我」と「非自我」の分離を前提にしています。けれどもそれらが分離する以前の「魂」、もしくは分離を乗り越えた「魂」においてこそ、「人間そのものに対する絶望」が可能なはずです。

     人生経験も豊かで「達観」された、中高年の方の自殺が意外に多いのだとすれば、それはやはり事態の深刻さを物語っているように思います。




     そして「人間そのものに対する絶望」、それを克服するために・・・。


     私は敢えて瞑想をお勧めします。

     毎朝、仏壇の前で手を合わせる。
     それだけでも立派な「瞑想」です。
     「この世」ではない「もうひとつの世界」との通路を、毎日の習慣のように確認する。


     明日、日本が滅びても全くおかしくない状況です。
     だからこそお勧めします。

     瞑想や祈りを通して、「この世」によって殺された人々や動物たちや生きとし生けるものたちの「魂」への信頼を回復されん事を・・・。




    【2012/10/05 21:33】 | スピリチュアル
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     事件以前からこの夫妻を見ていて、とても素敵だと思う。

     恨み、怒り、悲しみ、死さえも超えて、共に生き続けている二つの魂。
     
     悲惨さよりも清々しさを感じる。

     
     地に伏して、人と共に歩むということ。

     「菩薩道」とは、そういうことかも知れない。
     
     全てが空しい「空蝉」のただ中で、全身全霊を捧げる覚悟があれば…。






    【2012/01/08 22:23】 | スピリチュアル
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    神々が降りたち

      不思議な時空が現れる。

    二上神社夜神楽

    http://www.youtube.com/watch?v=Bn2W381GZa4&feature=channel_video_title




    【2011/12/04 22:38】 | スピリチュアル
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     生きるということは、大地の上に生かされるということなのだと思います。

     チェルノブイリの人々の一部が、それでも敢えて放射能に汚染された故郷の土地に帰って行ったことを思う時、人がただただ当たり前に生きるという事の、深く神聖な意味に思いを馳せざるを得ません。

     日本の高度成長期、たくさんの土地が売られ、開発され、お金で「転が」されたりもしました。故郷や土地を奪われた人たちもいました。

     土地や自然を売買するという感覚が、実はとても奇妙で不自然なことであることを、いまこそ学ぶべきかもしれません。
     
     とりわけ、そこに稲を植え、作物を育て、あるいは水をくみ、魚を捕ってきた土地が、いわば人々の命と身体の一部でもあるということを、改めて知らなければならないように思います。

     さらに考えれば、そこにはたくさんの目に見えない存在たちが、生きている人々と共に在るということ。すなわち亡くなった祖先たちの血や骨や肉の染み込んだ大地。祖霊や、山や海の神々や、土地の神様がいて、それらと切り離されて生きることが、いかに無謀なことであるか。
     
     地震と津波で、1万人以上の人々が亡くなって、まだ2ヶ月も経たないいま。危険と隣り合わせで、強い不安を抱きながらも、容易にそこを離れられない気持ちは、当事者でない私の想像を絶します。けれどもおそらく、それこそが人間という存在なのだと思います。

     ただ仮設住宅を建て、仕事を斡旋し、賠償すれば事足りるという程に、私たちの「生活」は、軽々しいものではありません。

     土地を汚され、追い払われることが、わが子や、わが親や、わが家族や血肉を奪われるにも等しいことだという、その原初の感覚を、私たちはいま取り戻さなければ・・・、もう生きていけないところまで来てしまったのではないかと思います。

     「便利な生活」や大規模な経済活動よりも大切でかけがえのない、無数の見える存在や見えない存在とのつながり。
     
     そのことに思いを馳せなければ、一日も生きていけないように思えます。

    生まれ来る子供たちのために
    http://www.youtube.com/watch?v=K43QKUnt06Q



    【2011/04/28 23:16】 | スピリチュアル
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