心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     イルカウォッチングに行ってきました。4~5隻の高速船で、イルカの群れに接近します。毎日の事で慣れているのでしょう、イルカたちは船の真横に近づいてきて飛び跳ねます。親子イルカもいました。



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     宿泊した天草の旅館の仲居さんが話してくれました。

     頭の着いたエビを、近頃の子どもたちは恐がって食べないのだそうです。安価な冷凍の無頭エビしか食べていないものだから。「頭の着いたエビ」は、地元で捕れた新鮮なものなので、爺ちゃんや婆ちゃんたちはその美味しさをよく知っているのですが・・・。

     エビは頭部から腐敗するので、遠くフィリピンなどから運ばれてくるものは、現地で既に頭を切り落とされています。そしてフィリピンの子供たちは「エビの体は一体どこにいったのか?」と不思議がるのだそうです。


     天草や島原、有明や水俣の海は、不思議なくらいに豊穣な生態系を保っています。なので地元の漁師さんたちは魚をあまり捕りません。貝やエビやカニやウニやアワビや海藻だけで十分なほどに、食べていけるのだそうです。
     おかげで、この海域にはたくさんの魚たちが生息していて、イルカの好物のイワシやサンマも大量に泳いでいます。

     大型のサメなどの外敵も、この湾内には殆ど入ってこないので、イルカたちは安心して「定住」しているようです。イルカが回遊せず、一年中同じ海域に生息するというのは、世界的にも珍しいことなのだそうです。


     なんだか<母の胎内>のような海でした。


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    【2010/10/12 20:26】 |
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    たかちゃん
    ステキな映像ですねv-238
    海が近いのですか?
    外洋に面している海を私は知らないんです。須磨っ子ですから…。

    頭のないエビのお話も、
    今の子ども世代なら 頷けます。
    だって知る機会があまりにも乏しく、
    「食する」ということが「命」を貰うんだという事に気づく子どもは 殆どいないと
    思います。

    だって、食料自給率が低いと言われつつも 飽食のこの時代。
    親の世代からして、食べ物=命を粗末にしているんですから…。

    生き物と隣り合わせに生きる事の難しさ…。こうやってイルカたちを間近に
    見る事が出来るなら、海の中の生き物へも、少しは思いを馳せる事が出来るのかも…。

    う~ん、うまく纏められない。。。

    海の幸
    アポロン
    >たかちゃんさん

    天草までは高速で走って、4時間くらい。
    確かに「外洋」というものを、ぼくも知らずに育ちました。
    瀬戸内海は汚れて、海水浴のできる海岸も減っていました。

    九州は、北の玄界灘、東の豊後水道、西の有明海、八代海、南の鹿児島湾・・・。海の幸は本当に豊富です。

    その地元でも、子供たちはファストフードに慣れてしまってますけど。

    イルカの群れをまじかに見るなんて、生まれて初めてでした!


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    バイクの旅


     心に風が吹いたとき、人は旅にいざなわれます。

     「自分が言ってきたこと。思いやり、優しさ。本当にそれができるかどうか、それを検証する旅」

     彼は今年定年退職した、元校長先生。泊まるところは決めていないので、250cc のバイクには米と味噌と予備のガソリンを積んでいます。
     昨日は二つの小学校を訪ねたそうです。高校生の頃、友人がひき逃げ事故で亡くなったことを子どもたちに話しながら、思わず涙ぐんでしまったそうです。その後犯人のアメリカ兵は、アメリカの裁判で無罪となりました。そんな現実が今も変わっていない、地元沖縄のことを伝えたい思いもあって、新聞を見せたり、ピアノを弾きながら沖縄の歌を歌ったり・・・。
     子どもたちは真剣に聞いてくれたそうです。

     彼がわが家に泊まった何日かの間、楽器の音と酒の無い日はありませんでした。ぼくの友人たちも、たくさん会いに来てくれました。毎晩遅くまでいろんな話しをし、身近な人には殆ど話さなかったことも、ふと記憶の底から溢れ出してきたり・・・。

     風に吹かれて旅する人は、いろんな人に出会いながら、いろんな風を吹き込んでくれます。それは、見知らぬ世界の情報だったり、会った事も無い人々の思いだったり、あるいは旅人自身の物語だったり。日々の生活にはない一陣の風が、出会った人々の心の中を吹き抜け、もうひとつの世界へいざなってくれます。

     古来、旅人を丁重にもてなす習慣が世界中にある、その理由がよく分かります。旅人が運んでくる風は、人生への思い、世界への憧れ、自分自身との対話・・・、私たちひとりひとりの中にも吹いている風でもあります。

     「思い出以外は何も残さないから」と言い残した彼(キザ~)と、今朝別れました。けれど、もしもそれが人生で最初で最後の出会いであるなら、人は本当に真摯に相手と向き合うのだと思います。昔の人たちはそんな風にして、旅の中で本当に人と出会い、本当に自分自身と向き合っていたに違いありません。
     
     25歳になる彼の知り合いの青年は、いまアフリカ大陸から欧州へと、自転車の一人旅を続けているそうです。彼が青年の頃、日本中をバイクで旅したように・・・。



     「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。・・・予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて、漂白の思ひやまず・・・」(松尾芭蕉)


    【2010/07/02 16:27】 |
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    花束


     しばらく、ブログを書いてませんでした。

     先日、沖縄から友人が来て宴会続きだったもので(笑)。

     今年定年退職した、元校長が、バイクで日本全国を旅しています。自称、「ほくろ山下清」。米3合と味噌と飯盒と寝袋をバイクにつんで、文字通りの放浪です。

     音楽が聴こえてくれば、ぶらり尋ねて、いきなりゲリラ授業をやります。もちろん学校の許可を得てですが・・・。自らピアノや歌や笛を演奏し、沖縄の話もします。

     本当の「ひとり旅」のできる彼と出会っただけで、日本の「教育」で失われて来たものが何なのかを考えさせられてしまいます。教職時代のいろんな話を聞けば、ますますそうです。

     汲々と萎縮した子育て、教育・・・。それは、おとな自身の自己防衛のためだったのかなぁ、と思います。よく言われる「生きる力」を、僕たちがどこに置き忘れてきたのか・・・、まず一人旅に出てみよう。きっとたくさんヒントが見えて来るはず。

     こんな変なオジさんをみかけたら、声をかけてあげて下さい!
     沖縄のこと、平和のこと、音楽のこと、人生のこと、なんでも・・・。生徒たちに聴かせたい先生方は、是非連絡とってみて下さい。
     
     写真の花束:早朝の散歩で見つけた草花を編んでテーブルの上に・・・。彼はさっそく写メでお連れ合いに贈ってましたけどね



    【2010/06/20 08:34】 |
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