心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     ここだけの話ですけど・・・

     いかにもファッション雑誌から飛び出して来たような女性を見ると、寧ろ同情してしまいます。ああ、この人は自分のセンスに余程自信がないんだろうなぁ、と思ってしまうからです。といっても、別にその時々の流行がどんなかは、ほとんど知りもしないんですけども・・・。

     学生の頃、神戸に住んでいて、神戸の女性はほぼみんなセンスがいいと感じていました。街なかを歩く普通のOLや学生や主婦も、どんな喫茶店に入っても、職種や年齢に関わりなく、下町、山の手関係なく、平均的にファッションセンスがいいんです。ほんのちょっとしたさりげないオシャレが、とても品がよくて自然です。

     他方、東京は寧ろほとんど・・・。
       いえいえ、素敵な人はもちろん素敵ですけどね。

     東京の場合、決して「自然な」、「さりげない」、「素朴なのに品がある」というような形容詞は、なかなか出てきません。

     自分だけの独断かなぁと思っていたんですが、最近他の女性に聞いてもやはり同じ感想でした。

     何が違って、こうなって来たのか・・・。不思議なものです。


     <都会=流行の最先端=美しい>とは決してならないように思います。新しいものが美しいなんて公式もないですし。寧ろ、その新しさを競い合うように露出するメンタリティーが、本来の「美しさ」や「品」や「色気」を損なってしまうこともあるのだと思います。

     最良のファッションセンスは、自分らしさをどれだけ自分自身が大切にして肯定しているかに関わっているのかもしれません。そこに自己否定感が入り込むと、「自分らしい」「自然な姿」を意図的に、覆い隠すツールとして「ファッション」が用いられてしまいます。女子高生の殆どがルーズソックスを履いていた頃は、まるで制服か軍服のような不気味さを感じていたものですが。


     「いま一番流行」のデザイン=最多数派が選ぶデザインとは、最も「個性」からかけ離れたデザインでもありますから。本来の自己を隠すために「流行」の服を着ることもあり得るのだろうと思います。

     ここだけの、内緒の話ですけれどもね。。。
               
           (注:ファッショ(Fascio)=ファシズム)

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    【2010/06/28 22:16】 | 独り言
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