心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     「わかってもらえるだけでいい」と思えるクライエントさんにはそれで十分なのでしょう。が、「もっとわかって欲しい」、「どこまでもわかって欲しい」と渇望している人の場合、余程慎重に構えないと、大変なことになり兼ねません。セラピスト自身が「共感」の渦に巻き込まれて、命取りになることもあるからです。

     「共感」と「受容」は似ているようですが、区別しておく方がよさそうに思います。

     「○○さんは、バラが好きなんですね。そうですかぁ!」(受容)
     「そうですよねぇ。バラって素敵ですよね。うん、うん!」(共感)
     
     というふうに表すと、少し分かり易そうですが・・・。ただし、全く「共感」のない「受容」などあり得ませんから、実際にはそう単純に区別できるわけではありません。

     「受容」は能動的ですが、「共感」はかなり受動的です。なので過度の「共感」はカウンセラーの「立場」を見失わせてしまいます。

     このカウンセラーの「立場」、スタンスというのは、命綱のようにとても重要なものです。しかし厄介なのは、無意識のうちに、それを揺さぶろうとする人がいるということです。


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    【2010/07/16 21:30】 | 心理
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