心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     流れる音楽は、ケルティック・ハープとアイリッシュなメロディー。
     これだけで、参ってしまいました。

     物語の原作者はイングランド出身の女性なのですが・・・。




     このあとは、ぼくの勝手な想像が広がります。

     小人というより妖精の世界を知っている人。そして人間と妖精が共存する世界を知っている人。それが原作者に違いないと思いました。そして多分、原作者メアリー・ノートンは、母親よりも父親に強く影響を受けた人に違いないとも・・・。

     ジブリ作品の中では、珍しく「父性」ーーー『紅の豚』のような「男性性」ではなく「父性」です、がはっきりと前景に描かれた映画だと思いました。

     それは、何度も繰り返される「生きのびなければ」という、アリエッティの父の言葉に端的に表されているように思います。絶滅に瀕する「種の生命」を継承するために冷厳にふるまう「父性」の力。「生きる力」と言いかえてもいいのかも知れません。

     「小人」たちが、人間の生活品をこっそり盗って生きることを、「借り」ると表現するのですが、これが日本語では「狩り」とも読みかえられ、それはもちろん「父」親の仕事です。

     息子を持たぬ父は、敢えて娘アリエッティに「借り=狩り」を教えます。「家族」や「種」の存続の命運がかかっているからです。娘も父の「借り=狩り」に、厳粛な気持ちで同行する。種として、家族として生き延びるために、その事の重大性を承知しているからです。

     「生きのびなければ」という強い意志は、アリエッティの父、ポッドから彼女を介して、人間の少年、「翔(しょう)」にも伝えられます。


                          つづく

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    【2010/08/09 09:07】 | 映画
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