心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     岡本太郎の美術作品や文章が、若い人たちの間で注目されています。

     彼の生き方、人生観、恋愛観、人間観、世界観というものには、これまでの日本人の中には見たこともないような、強い熱情、力強さ、反発力と自由を貫き通す爽快さを感じます。

     文化人類学者マルセル・モースやピカソに出会い、縄文土器に出会い、沖縄に出会い、「人類の進歩と調和」(大阪万博)の薄っぺらさに真っ向から対抗して表現しようとした時空的スケールの巨大さ・・・。
     反近代主義とも言えるでしょうが、アバンギャルドの枠にも収まらず、彼が行き着いたのは、人類の心の内奥に置き去りにされてきた、極めて単純で素朴で自然な、「原始的な」と言ってもいいかもしれない、感受性や生命力のように思えます。

     芸術家は、しばしば自身の「闇」や「孤独」と向き合う中で、より深く普遍的なものを発見します。

    孤独こそ人間が強烈に生きるバネだ
    孤独だからこそ、全人類と結びつき
    宇宙に向かってひらいていくんだ

    個性的なものの方が普遍性がある。
      (『強く生きる言葉』 岡本太郎著)

     太郎は世界を拒絶せず、寧ろ挑みかかっていった。より困難で苦しい道を、命がけで選択し続けた。けれど、それをしなければ、「岡本太郎」は存在しなかっただろうし、「拒食症」どころか、命そのものをながらえていなかったかも知れないと思う。
     
     若者たちは嗅ぎつけるのだと思う。この天才が、実は自分たちと同じ「闇」や「孤独」を抱えていたに違いないことを。その極めて個的な地点から出発して、闘い続け、到達した地点に彼のすべての表現があり、それこそがほかの誰にもない、力強い普遍性をもっていることに。



     
    けれども子供にはまだ他に自分に『お母さん』と呼ばれる女性があって、どこかに居さうな気がした。     
      (『鮨』 岡本かの子著)

    ぼくが秘書の平野君(岡本敏子)にもっているのは
    絶対的な信頼だな。
    相手がすべてを捨てて、
    こっちに全身でぶつかってくると、
    それにやはり全身でこたえる。
      (『愛する言葉』 岡本太郎著)


     岡本敏子こそ、『母の愛というものを、感ぜずじまい』だった太郎の、もう一人の『お母さん』だったのでしょう。そして太郎の内側にある「光」の解放を、彼女が支え続けたのだと思います。

     母性愛と摂食障害の関係を思うとき、敏子の「母性」なしに太郎の芸術活動の持続は極めて困難であったに違いないと思います。
     女優宮沢りえさんが、岡本太郎と岡本敏子の大ファンで、彼らの文章の朗読などにも取り組んでおられるというのも、なるほどなぁ~、と思えます。

     「母性」は母親の個人心理のみには還元され得ない地点に在り、恋人の中にも、男の中にも、父親の中にも、「尊敬する人」の中にも・・・、場合によっては自然そのものの中にも存在しているに違いないと思うのです。


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    【2010/09/15 23:15】 | メンタルヘルス
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