心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     入院中の父の病院に、昼は連れ合いが、夜は私が訪ねて食事の介助をしています。半分も食べてないのに、「もうええ。これ以上は、食べん方がええんや」と言い出します。しばらく時間をおいて、「これ、おいしいよ~」とスプーンを持っていくと、一生懸命飲み込みます。
     
     入院前はお菓子を欲しがって、よく食べていました。けれども食べる割には寧ろどんどん痩せていきます。採血してみると、血中アルブミンは 2.5 g/dl 、血色素(ヘモグロビン)は 9.5 g/dl という低栄養状態です。

     食べても、食べても、栄養が十分に消化・吸収されないようです。

     体は、寧ろ死の準備に向かっているようなのですが、意識は励まされると一生懸命頑張ろうとしているようにも見えます。

     そのあたりの微妙な感覚は、実際に寄り添ってみないと分からないもののように思います。

     病院の医師の見識や判断に「任せる」というのは、実はとても奇妙なことなのかも知れません。

     急性の疾患ならともかく、いわば自然経過として老衰し、死に向かっていく人たち、あるいは慢性の病で臨終を迎えようとする人たちは、実はとても正確に自らの臨終への道筋を知っているように思えます。
     意識があるとかないとか、認知症が進んでいるとか軽いとか、そんな事とは異なる次元で、肉体や感覚が如実に反応し始めるのを、しばしば見うけるからです。

     死という旅立ちのための準備の方が、大切な時期もあるはずです。



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    【2011/03/01 22:04】 | スピリチュアル
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