心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     「政府は福島県を見捨てるかもしれない」
     3.11 直後に友人が言った言葉です。まさか?!、とその時は聞き流していました。
     
     安全基準値が次々に引き上げられ、ついには子どもの放射線被爆許容量を 20mSv/年まで引き上げるに至り、本当に国は福島県や東北を見捨てようとしているのだと確信しました。

     子どもほど被曝による被害を受けやすく、実際にチェルノブイリでも、たくさんの子どもたちが急性および慢性の放射線障害を受け、甲状腺癌や白血病の発症率が極めて高かったこと。そんな常識を政府が知らない訳がありません。5年先、10年先に今の子どもたちが、それらの疾患を患った時の補償問題を避けんがための、極めてコソクな政治判断と考えるほかありません。



     沖縄(米軍基地)、水俣(水俣病)、富山(イタイイタイ病)、豊島(産業廃棄物)、大牟田(炭坑)、夕張(炭坑)、三里塚(成田空港)…。

     危険なもの、産業廃棄物、都市では受け入れ難いもの…、それらは経済的に貧しく、反対運動も起こりにくい「地方」に押し付けられてきました。近代化の波の中で「地方」は様々な犠牲を払わされてきました。

     そして全国の原発も、同じ理由で地方の過疎地に作られてきました。



     戦後、地方と都市の格差はますます広がって来たように思います。
     
     研究者として生きることしか考えない東大卒の医者は、病院に勤めて治療に携わることを「どさ回り」と蔑みます。ことほど左様に、政府や中央官僚たちは明らかに「地方」を差別的に見ています。

     にやけた薄ら笑いを浮かべながら記者会見する「原子力安全・保安院」や「原子力安全委員会」の人々。あの表情に、被災した「地方」の人々に対する蔑視を感じるのは私だけでしょうか。

     宮崎県の口蹄疫の時もそうでした。


     「地方」に生きる人々にとって、土地を汚されることや、田畑が潰されることや、牛が殺されることは、自らの心と体を切り刻まれるように辛いことです。その傷は補償金などでは癒されません。
     悲しいかな「都市」の発想は、それらをも「お金」に換算してしまいます。




     『までい』という東北の方言が新聞に紹介されていました。
     3.11 前に制作されていた『までいの力』という福島県飯舘村が監修した本を注文しました。「までいライフ」とは、ほぼ「スローライフ」や「エコロジー」に近い概念です。
     ネット上でも「までいライフ宣言」を読む事ができます。




     「地方」と「都市」の矛盾は古くて新しい問題です。が、政治・社会的矛盾だけではありません。「精神」や「文化」における大きな矛盾が存在するのです。
     「地方」的なるものの大きな恩恵は、「都市」という場所では得られません。

     ですから、私は寧ろ「都市」に住む人々の不幸のことを思うのです。


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    【2011/05/05 22:20】 | 社会
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    そのとおりですね
    小川洋子
    >悲しいかな「都市」の発想は、それらをも「お金」に換算してしまいます。

    そのとおりですね。何でもお金で解決できると思っているのではないかと私も思います。

    思い出も財産も土地も家族もすべてを失うことを金銭に換算することなんてできませんよね。

    >福島県を見捨てた
    これも悲しいですが,そのとおりだと思います。
    あまりにも酷いです。


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    子どもの未来は?!
    アポロン
    小川洋子様

    何だか子供の命や未来まで、金銭勘定に入れられてしまっているようです。

    あまりにも・・・、怒りを通り越して悲しくなります。

    Re: タイトルなし
    アポロン
    > 人間としてマヒしています。
    ほんとにマヒしてます!!!


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