心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     昨日は、近くの教会で創立記念のチャペル・コンサートがありました。
     
     祭壇には、石炭を容れたザルが飾られていました。 

     沖縄戦間際に筑豊に移り住み、そこで敗戦を迎えた服部団次郎牧師が創設した教会です。戦渦で亡くなっていく人、ヤマ(炭坑)で亡くなっていく人たちを、たくさん見て来られたに違いありません。

     あとを継がれた牧村元太郎牧師が、3.11のことを話されました。聖書の黙示録から何度も引用されたハルマゲドンの世界。

     地震、津波、みえない核の炎。
     けれど、それは救世主再臨のしるしなのだと。

     津波で亡くなった人々は、間違いなく神の国に召されたのだと。

     被災地に支援に行った方の言葉も紹介されました。

        「物よりも繋がり、作業よりも笑顔」



     この未曾有の災禍にも意味がある。
     力、驕り、偽り、強欲…、それらに依って生きようとする者たちによって弱められ、低くされてきた者たち、義に生きる者たちが報われる日が近いのだと。この災禍の中で本当に人と人が繋がること、人を愛することを、神は学ばせようとしているのだと。


     私たちが歌ったのは、ルネサンスの時代に創られた宗教歌、“ Super flumina Babylonis(バビロン川のほとりで)” でした。紀元前586年、祖国を追われバビロンに強制移住させられたイスラエル民族の、その時の悲しみが旧約聖書に記され、現代も歌われ続けていることに、驚くばかりです。


     黙示録の中で、「バビロン」は滅びることになっている。

     「バビロン」とは、この私たちの文明の驕りそのものとも言える。



     では記憶の中の「祖国」、いつか帰っていくべきその地、心の中の「エルサレム」とは…、いかなる世界なのだろうか。

     深い悲しみと、おびただしい悔恨の大河の流れを、私たちはいま、ほんの少し渡り初めたに過ぎないのかも知れません。



     
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    【2011/08/29 21:56】 | 音楽
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