心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
    上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
    新しい記事を書く事で広告が消せます。

     山登りをする人は、風景の見えない部屋の中でも、どちらが北か、方位磁石なしで言い当てられるそうです。そういうセンサーを、人間は本来持っています。そのセンサーを使わない生活に慣れてしまうと、眠り込んでしまうのでしょう。

     ハワイ諸島の先住民は、南半球のマルケサス諸島から太平洋を渡って来たポリネシア人たちだと言われています。羅針盤もなかった千年以上も前に用いられた航海技術は、星と波と雲と風を観る事くらいです。そしてもう一つ、最も重要なのは、嵐の暗闇の中でも、視野に存在しない島々のイメージを、心の内側に見ることができるかどうかなのです。それを先住民の長老たちは現代まで伝えています。 


     自然と人間の関係の中で、自然からの情報を読み解く力と、自然に働きかける力は、生存にとって必須のものですから、例えば星や太陽や月の動きを読んで、種を撒いたり、潮の満ち引きや海の色や風の匂いから、漁に出たりするのはヒトにとって死活に関わる「技術」でした。
     それら原始的な「技術」力は、ポリネシア人の航海術や登山家の地磁気センサーのように、現代の私たちの想像をはるかに超えるものだったのだと思います。


     どうやってピラミッドを作ったのか、どうやってナスカの地上絵を描いたかは未だに謎ですが、「見えない島」を心の中にイメージするような、超自然的な能力をも、頻繁に用いていたかも知れません。
     つまり、ヒトははるか昔、私たち以上に緻密で幅広いセンサーを、肉体や意識のうちに宿していたのだと思います。

     地震や津波や台風や火山の爆発をも、かすかな自然の予兆から読み取ろうとしていましたし、伝承によって古い災害の経験も蓄積されていました。

     近代科学技術は、それらの知恵や感覚や行動様式を「非科学的」という理由だけで、切り捨ててきました。

     漁師たちが海の様子を、農家の人々が大地の様子を、「科学者」以上によく知っていたりするのは、飽くまで自身の感覚や直感という「内的自然」の一部を直に用いて、海や大地と接しているからなのだと思います。

     一方、「科学者」はそれらを排除し、機械的、客観的に測定することによって、「科学的」知識を深めていきます。その方法こそが、確かに近代文明の形成をも可能にしたのですが。 

     近代科学技術の歴史は高々200年ですが、最も広い意味での「技術」(テクノロジー)の歴史は最短でも25万年前のホモ・サピエンスの出現にまで遡れます。そういう前提に立って核エネルギーや人工的に放出される放射線というものを考えた時、とても恐ろしく感じるのです。





    【2011/05/22 08:12】 | 思索
    トラックバック(0) |
    コメント
    この記事へのコメント
    コメントを投稿
    URL:

    Pass:
    秘密: 管理者にだけ表示を許可
     
    トラックバック
    この記事のトラックバックURL
    この記事へのトラックバック
    上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。