心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     放射線科専門でもなく、核物質についても素人同然の私が、講演のお話をお引き受けした初めのきっかけは、九州に避難してくる方達の支援をしている友人に頼まれたことからでした。
     
     そして、もうひとつは東京から避難して来られた若いご夫妻との出会いがありました。
     彼女のご両親は原発に反対する運動を長く続けておられますが、3.11の地震の直後、「原発事故が起こるから!」と娘さん夫妻に伝え、お二人は躊躇なく東京を離れました。その直後、事故が発生してしまったのです。幸い、避難された直後の4月にかわいい赤ちゃんを出産されました。
     スイートホームを奪われてしまった喪失感の中で、毎月の原発講座を続けて来られた、お若いご夫妻の熱意には本当に頭が下がります。そして、大切な命を被曝から守り抜いた、ご家族の「歴史」も素晴らしいと思います。
     後から分かったことですが、彼女のお母さんと私は、チェルノブイリ事故直後に、同様の試験運転をやろうとした四国電力に対して中止要請の抗議行動が行われた、その現場に居合わせていたのでした。奇遇です。
     

     
    「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」

     広島の平和公園の原爆死没者慰霊碑は、一体何だったのでしょう。

     戦後今日に至るまで、放射能に侵された人々がどんな苦しみを味わい続けて来たのか。被爆者や被爆二世たちがどんな思いで生きて来られたのか。原爆や原発や放射能の事を、もっとたくさんの人たちが知っていれば、今回のような大惨事は免れ得たのかも知れません。

     それを考えるとき、私たちの歴史や伝統や社会は、あまりにも薄っぺらだと感じざるを得ません。
     本物の「伝統」は、歴史の暗部も含めてしっかりと語り続け、伝え続け、検証し続けていくことなのでしょうが…。
     その自覚のなさが、今回の大惨事を招いたと言っても過言ではありません。 


     一部とはいえ、内部被曝・低線量被曝に関心を向ける医者が出て来ています。ようやくというべきか…。けれど被爆国、日本の医療界を見わたした時に、私自身も含めてあまりにもみすぼらしい現状に恥ずかしさを覚えます。

     わざわざチェルノブイリまで行って、国際的な大調査団を指揮した日本の医者たちが「何ら健康被害はない」と断言して(長瀧重信)、しかもその同じ連中が、いまだに同じ事を言い続け、日本の政治家やマスコミも、それを吹聴しているのですから。

     私たち日本人は、未だ洗脳状態からは解放されていないのです。


     いま、必死で学びなおさなければ、「日本」は間違いなく、世界史の中から永久に消滅することになるでしょう。


     そして「学ぶ」という事の本質は、人に寄り添うということのうように思います。
     現に苦しんでいるその「人」を見もせずに、「研究」したり、議論に耽ることなどではありませんし、未知の現実から目をそらす事でもありません。ましてや明らかな嘘で人を騙す事でもありません。




    「汚染地帯の住民には放射能による健康影響は認められない、むしろ、『ラジオフォビア(放射能恐怖症)』による精神的ストレスの方が問題である」(重松逸造、1991年5月、IAEA本部で開かれたプロジェクト報告会)

     チェルノブイリ事故以来、100万人、もしくはそれをも上回るであろう被曝による死者数を「0人」と言い切る「専門家」(長瀧重信)が、政治中枢に居座り続け、3.11以降の日本でも、まことしやかな専門用語で「放射能安全神話」をまき散らし続けているのが現状ですから、暗澹たる気持ちにもなってしまいます。


         次回、「みんなで考える原発講座6」のご案内です!
     
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    【2012/03/09 07:00】 | 原発
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