心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     日本がここまでひどいのは何故だろうかと、ずっと考えていました



     「箝口令が敷かれたような状況だ」と、福島の医者は発言していました。

     先日、関東から避難して来られた方たちとお会いしましたが、「放射能のことや避難のことなど、口に出せない状況」だと伺いました。

     「テレビでは安全だと言ってるじゃないか」と、避難に消極的な家族。職場でも「放射能」を理由の退職は、あり得ません。

     別に法律で禁じられているのでもなければ、明確な「箝口令」的文書が配布されている訳でもありません。にもかかわらず、周りの多くの人たちの目がそういう「世間」の「状況」を生み出しているようです。



     「原子力ムラ」だけではないのです。

     私たちの内側、社会の「雰囲気」の中に強固な「ムラ」が存在しています。都市も地方も関係なく、戦前からの「隣組」意識は、しっかりと生き延び続けています。制度や社会システムよりも、もっと根深い日本人の深層心理の内に、「他人の目」として、強力な「ムラ」意識が埋め込まれているのだと思います。

     それは、子どもたちの「イジメ」心理の深層にあるものと同じです。「障がい者」や「被差別部落民」や「在日外国人」や「原爆被爆者」差別の根底にあるのと同じ心理です。

     深層では何も変わってないのです。



     「風評被害」の言葉で実害を隠蔽するキャンペーン。「食べて応援」キャンペーン。「瓦礫受け入れて応援」キャンペーン。すべて、私たち自身の内側にある「ムラ」意識を悪用するやり方です。

     「年末助け合い運動」や、「24時間テレビ」に象徴される欺瞞に満ちた「善意」の演出。そこには日本独特の陰湿な差別心理が埋め込まれています。

     「年末だけは助けてやるが、普段は知らん」。日常の福祉が貧困だからこそ、せめて「24時間テレビ」の時だけは、焼け石に水に過ぎない募金をすることで、自分が「善人」の気分になりたい。

     それは、暴力団が時たま、「カタギの衆」のために大盤振る舞いするのと、行動様式としては殆ど同質のものです。



     そうです。
     
     「復興支援」、「〇〇して応援」というスローガンそのものの差別性が問われなければならないのです。
     被害者に対してなされるべきは、「支援」でも「応援」でもありません。補償、賠償、加害者による現状復旧、それこそが第一義です。

     政府や企業がまともであれば、被害者に対する十分な補償や対策がとっくになされているはずです。被害者もそれを要求する権利があります。その権利を保障するために司法があり、加害責任を明確にするために警察が存在します。
     しかし被害者の側からの当然の要求はすべからく抹殺されてきた結果として、避難したくてもできない膨大な「被害者」たちが存在し続けているわけです。

     「復興支援」、「〇〇して応援」というスローガン自体が、この政府と加害企業・東電の責任を免罪してしまうことを「応援」しているのです。百歩譲って、それらのスローガンが正当化され得るとすれば、それは政府や東電や何たら委員会とかが、明確に(刑事及び民事)責任を認めて、事態の解決と被害者への賠償のために心血を降り注いで、なおかつ明らかな限界が見えてきた時です。

     何故に被害者の側に自殺者が続出して、加害者の側が(住民には内緒で)さっさと避難し、のうのうと日常生活を送っているのでしょうか。それだけで全体の「差別」構図は明らかです。

     

     だから私は断言します。「被災者」、「被災地」の応援は一切しません!
     
     それはものすごく傲慢で差別的で欺瞞に満ちた行為であるからです。むしろ、今回の事態の全責任の加害者に責任を取らせる事こそが、人間として第一義的な行為であると思うからです。

     そして「被害者」や「困っている人」の支援は最大限しようと思います。


     各地で、いろんな「チャリティー」や「義援金」の募集がある事を否定しているのではありません。けれど、その前提として絶対にやるべき事、<責任の追及>を曖昧にしてはならないと思うのです。

     

     日本の歴史を振り返れば、明らかでしょう。

     常に最大の責任者は裁かれず。「責任」の所在は曖昧にされ続けてきたのですから。 

     

    【2012/03/22 20:17】 | 原発
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    「隣組」は煩わしいが
    小野進一
    「隣組」の「意識屋」さんの捉え方意識化は基本的には賛成ですが、「隣組」に入ってないと衛生、保健関連の情報が入っでこないで困った事があります。「意識屋」さんは「隣組」にはいっていますか?
    炭坑が稼働していた時は、半分「運命共同体」のような感じもありましたが、現在は炭坑の同じ釜のメシを食うと言う雰囲気はなくなり、住人も変わり都市化してますが「村意識」としての「お上」が亡霊のように存在し、その亡霊に「私」も支配され支配すると云う関係から脱皮できませんが・・・


    -
    小野進一様>
    コメントありがとうございます。私は現在「自治会」にも「隣組」にも入っていません。「自治会」に入っていないアパート住人などのゴミは、回収しないという「自治会」ー「行政」の動きがあって、抗議し、テレビにも取り上げられました。その後、地元の「自治会長連合会」の接待旅行を住民訴訟で訴えて、勝訴しました。
     「明日、お前の命ないぞ」と、脅迫電話までかかってくるし、〇〇新聞が行政側のスパイのように、しつこく電話かけてきたり、個人で、抵抗するのは大変ですが、今のところ困ることはないし、ご近所との付き合いも普通です。年2~3回の草抜き、ゴミ収納場所の掃除もしています。
     かつての炭坑時代の「隣組」は、かなり複雑な存在で、ゴミ処理を巡って行政と争ったりもしていたようです。

    「意識屋」さんと「小野」さんの対話から
    冬野雪
    「意識屋」さんの、当時の炭坑の隣組はかなり複雑な存在では無いか,という思いですか,返って単純な「村社会,労働組合」てきだったとおもわれます。生活水準はだいたい同じで、「俺たちは 石炭(すみ)掘る仲間だ♪~」とかっての組合歌にも有ったように,閉山当初も仲間意識がつよく「隣組」
    も纏まり易く、「お上」の伝達を「回覧板」で交代,順番でしていました。
    現在、長屋は先代は他界されたか「特養ホーム」に入所していて、今の長屋には鉱夫はいませんね。
    変りにアパート化し「私」も「名前」を知らない方が裏の長屋にいます。
    現在の「意識屋」さんの生活環境に似てきているでしょう。いつ死んだか解らない「孤立死,孤独死」が「私」と「私」のまわりで起こっていくのではないでしょうか「隣組」が有っても、無くっても、長くなってゴメンなさい
    ね、ヨロピコ!



    -
    冬野雪様>
    確かに…、とてもリアルにわかります。
    「『隣組』が有っても、無くっても」、「絆」があってもなくっても、みんな「無縁」になっていくようですね。

     そんなことも含めて、3.11以降、見えて来た現実というものは、まるで何だか放射能とそっくりで、「在るのかないのかわからない」、けれど確実に私たちを蝕んで行く、そういう不可思議な「社会」を作ってきたのだということに唖然としてしまうのです。

     もはや、「隣組」や「地域」を超えて、世界と連帯しなければ、原子力ムラや国際原子力マフィアの力に押しつぶされてしまうでしょう。

     「これは人権の問題だ」とは、避難して来られた方の言葉でした。それぞれの「私」が意識的につながっていかなければ、まるで、残されて死んで行った牛や犬たちのように、バラバラのまま放置され、見捨てられていくのだと思います。

     今回の「瓦礫拡散」など、「全国民家畜化計画」みたいな極秘ファイルが、どこかにあるのだろうかとさえ疑ってしまいます。

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    「隣組」は煩わしいが
    「隣組」の「意識屋」さんの捉え方意識化は基本的には賛成ですが、「隣組」に入ってないと衛生、保健関連の情報が入っでこないで困った事があります。「意識屋」さんは「隣組」にはいっていますか?
    炭坑が稼働していた時は、半分「運命共同体」のような感じもありましたが、現在は炭坑の同じ釜のメシを食うと言う雰囲気はなくなり、住人も変わり都市化してますが「村意識」としての「お上」が亡霊のように存在し、その亡霊に「私」も支配され支配すると云う関係から脱皮できませんが・・・
    2012/03/24(Sat) 04:27 | URL  | 小野進一 #-[ 編集]
    小野進一様>
    コメントありがとうございます。私は現在「自治会」にも「隣組」にも入っていません。「自治会」に入っていないアパート住人などのゴミは、回収しないという「自治会」ー「行政」の動きがあって、抗議し、テレビにも取り上げられました。その後、地元の「自治会長連合会」の接待旅行を住民訴訟で訴えて、勝訴しました。
     「明日、お前の命ないぞ」と、脅迫電話までかかってくるし、〇〇新聞が行政側のスパイのように、しつこく電話かけてきたり、個人で、抵抗するのは大変ですが、今のところ困ることはないし、ご近所との付き合いも普通です。年2~3回の草抜き、ゴミ収納場所の掃除もしています。
     かつての炭坑時代の「隣組」は、かなり複雑な存在で、ゴミ処理を巡って行政と争ったりもしていたようです。
    2012/03/24(Sat) 10:18 | URL  |  #-[ 編集]
    「意識屋」さんと「小野」さんの対話から
    「意識屋」さんの、当時の炭坑の隣組はかなり複雑な存在では無いか,という思いですか,返って単純な「村社会,労働組合」てきだったとおもわれます。生活水準はだいたい同じで、「俺たちは 石炭(すみ)掘る仲間だ♪~」とかっての組合歌にも有ったように,閉山当初も仲間意識がつよく「隣組」
    も纏まり易く、「お上」の伝達を「回覧板」で交代,順番でしていました。
    現在、長屋は先代は他界されたか「特養ホーム」に入所していて、今の長屋には鉱夫はいませんね。
    変りにアパート化し「私」も「名前」を知らない方が裏の長屋にいます。
    現在の「意識屋」さんの生活環境に似てきているでしょう。いつ死んだか解らない「孤立死,孤独死」が「私」と「私」のまわりで起こっていくのではないでしょうか「隣組」が有っても、無くっても、長くなってゴメンなさい
    ね、ヨロピコ!
    2012/03/25(Sun) 07:06 | URL  | 冬野雪 #-[ 編集]
    冬野雪様>
    確かに…、とてもリアルにわかります。
    「『隣組』が有っても、無くっても」、「絆」があってもなくっても、みんな「無縁」になっていくようですね。

     そんなことも含めて、3.11以降、見えて来た現実というものは、まるで何だか放射能とそっくりで、「在るのかないのかわからない」、けれど確実に私たちを蝕んで行く、そういう不可思議な「社会」を作ってきたのだということに唖然としてしまうのです。

     もはや、「隣組」や「地域」を超えて、世界と連帯しなければ、原子力ムラや国際原子力マフィアの力に押しつぶされてしまうでしょう。

     「これは人権の問題だ」とは、避難して来られた方の言葉でした。それぞれの「私」が意識的につながっていかなければ、まるで、残されて死んで行った牛や犬たちのように、バラバラのまま放置され、見捨てられていくのだと思います。

     今回の「瓦礫拡散」など、「全国民家畜化計画」みたいな極秘ファイルが、どこかにあるのだろうかとさえ疑ってしまいます。
    2012/03/25(Sun) 08:31 | URL  |  #-[ 編集]
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