心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     父が亡くなって1年半が経とうとしています。

     3.11以前、よくしていた瞑想の時間は、連日の情報収集のためのネットサーフィンにかき消され、友人と飲む機会は殆ど無くなり、所属していた合唱サークルもやめてしまいました。

     原発の事、言わずもがなでピンと来る方。以前から関心を抱いていて、私以上にたくさんの事を知っている方。実は、60代以上にたくさんいらっしゃいます。もちろん、今も最先頭に立っていらっしゃる方もたくさんおられます。が、意外にひっそりと、背後から見守って下さっている方もおられます。

     ある講演会で知り合った方。ダイオキシン等の公害問題で10年以上走り回り、とうとう鬱病になってしまったそうです。
     仕事の傍ら、様々な作業を一手に引き受けていたという、生真面目で典型的な「鬱病」にかかり易いタイプの方。



     なるほどと思い当たる節もあり、私は最近、久しぶりに短い瞑想の時間をもつようになりました。
     瞑想は、忙しい時、緊迫し不安と緊張で一杯の時にこそやるべきものなのだと思い至っています。


     人の心は壊れ易いものです。

     比較すべきではないのでしょうが、イラクに派兵された日本の自衛隊員、アメリカの若い兵士の自殺率がとても高い事実、そして敢えて云うのですが、福島県でも同様であること。これらの底には同じ根を持った心の現象があるのではないかと思っています。


     「信頼」の喪失というのが間違いなく一つの大きな原因ではないのかと思います。

     政府や国や自治体に対する?
     「世の中」に対する?
     家族に対する?
     愛する人に対する?
     
     そうではなく、「私」自身をも含めた人間存在そのものに対する「信頼」の喪失。それは一つの大きな要因ではないのかと想像します。


     「人間そのものに対する絶望」

     などと云うと、「そんな哲学じみた?」と、反論が返ってきそうです。

     自分以外の存在=「世界」に対する絶望。あるいは自分自身の実存=「私」に対する絶望。一卵性双生児のような二つの事象は、「自我」と「非自我」の分離を前提にしています。けれどもそれらが分離する以前の「魂」、もしくは分離を乗り越えた「魂」においてこそ、「人間そのものに対する絶望」が可能なはずです。

     人生経験も豊かで「達観」された、中高年の方の自殺が意外に多いのだとすれば、それはやはり事態の深刻さを物語っているように思います。




     そして「人間そのものに対する絶望」、それを克服するために・・・。


     私は敢えて瞑想をお勧めします。

     毎朝、仏壇の前で手を合わせる。
     それだけでも立派な「瞑想」です。
     「この世」ではない「もうひとつの世界」との通路を、毎日の習慣のように確認する。


     明日、日本が滅びても全くおかしくない状況です。
     だからこそお勧めします。

     瞑想や祈りを通して、「この世」によって殺された人々や動物たちや生きとし生けるものたちの「魂」への信頼を回復されん事を・・・。




    【2012/10/05 21:33】 | スピリチュアル
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