心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     倒れそうな人の横に立って、いつでも支えられる体勢をとることで、安心感を与えるのが「援助」だとすれば、実際に倒れてきた時に相手の体をしっかり支えるのは「救助」です。倒れてしまうのではないかと心配して、先に支えてしまうのはある意味「おせっかい」と言わざるを得ません。

     カウンセラーに求められるのは、ほどよい「援助」なのだと思います。「ほどよい」を過ぎた「おせっかい」は、その人自身の気づきや自己洞察のチャンスを奪ってしまいます。
     そして「救助」は、もはやカウンセラーの仕事ではなく、早急にその道の専門家に委ねなければいけません。

     つまり「何もしない」のが、カウンセラーの一番の仕事です。「何もして」もらえなくても、その人が話を聞いてくれるだけで気持ちが軽くなって、悩みが解きほぐされていく。それをじっと辛抱強く「見守る」能力こそが、カウンセラーには必要なのです。

     親子や夫婦や恋人の間でカウンセリングが不可能なのは、まさに「何もしない」ことができない関係だからです。心理的に、あるいは現実生活上、近すぎる関係では「受容」よりも「共感」や「反感」の方が表に現れてしまうので、お互いがお互いの心を揺さぶり、巻き込み合ってしまうために、最も大切なカウンセラーの「立場」が成立し得なくなるのです。




    【2010/07/17 21:30】 | 心理
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