心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     畜産の現場を知らない都市の消費者たちは、ブランド商品を失う経済的打撃に同情するのが精一杯かも知れません。けれども考えてみれば、一番の被害者は殺される牛や豚たちです。家族同然のように育ててきた牛たちを、人間の食事情の都合で殺してしまうことの罪深さを、最も知っているのは畜産農家の人たちです。
     
     「かわいそうですよ。家畜に責任があるわけじゃないですからね。涙が出て来るとですよ」(養豚農家)
     「この荒波の中を抜けてきた牛が、いまだに元気でいるのにここで(処分を)やられるとやっぱり辛いです。今日は(牛に)声をかけられなかったです。ただもう、エサをやるだけです」(繁殖牛農家)

     JA宮崎中央会 羽田正治会長の涙。
     「畜産は家族ですからね。ですから家族が病気になってですね。だんだん弱っていく姿と、まったく一緒なんですよね。…もう自分の畑にこの家畜を埋めることはですね。そこに居られない、と。どっかよそに行きたい、と。」  


     他方、当事者でなく、現場から離れるほど、人はこんなに冷酷になれるのだろうかと思います。
     殺処分を決定した赤松農林水産大臣。
     「私自身はやってきたことに全く反省、おわびすることはないと思っている」
       
     7月16日、民間種牛6頭の殺処分が決まった。所有者の薦田長久氏は涙を浮かべていた。一方の山田農林水産大臣は…、
     「本当にありがたいと思っております。薦田さんにお会いして感謝申し上げたいと思います」
     「いろんな方々に…今回犠牲になって頂きました。ありがたく思っています」


     なぜ薦田氏が大臣と会わなかったか。東国原知事のブログにこんな記載がありました!

    <今日、薦田氏も「ワクチン接種は国の方針である。知事さんは何度も足を運んで頂いているが、あの大臣は、テレビで『殺せ・殺せ』と言うだけで、こちらの話を一度も聞こうともせず、会っても頂いてない・・・・」と呆れておられた。>




     中央政府の人々は、「感謝」という言葉の意味を忘れたようだ。「ごめんなさい」のかわりに「ありがとう」と言えばごまかせると、自分たちだけが思っているらしい。人をいじめて、相手を泣き寝入りさせた上で、「ありがとう」と言ってしまう心の歪み・・・。

     「沖縄のご負担がアジア太平洋地域の平和と安定につなつがってきたことについて、率直にお礼の気持ちを表させていただきたい」(6月23日、沖縄の慰霊の日)と述べた管首相の「感謝」の発言に見習っているのだろうか。


     涙ながらに訴える、農家の人たちの気持ちを察する、ほんの少しの想像力があれば、「感謝」などという言葉がでてくるはずがないのでしょうが…。殺される生き物の命に対して、生活を破壊される農家の人たちに対して、「申し訳ない」という言葉以外にはないと思うのです。

     謝罪の言葉は、政治上の禁句ですか?

     「もうこの国にはがっかりしました」という、東国原知事の方がよほど人間としてまっとうだと思います。

     ほんとうに人の気持ちが分からなくなってしまった人たちが、権力をふりまわしているとしか思えません。彼らは「地方」や「現場」を蔑んでいます。はっきり言うなら、いつでも切り捨てていい存在だと考えています。生き物の命を「商品」としか思っていない。人の「心」を経済指数の一変数くらいにしか考えていない。

     「地方分権」でも「道州制」でもなく、「九州独立」と言いたくなる。この不況下、「地方」経済はますます落ち込んでいるけれど、「文化」は、まだまだ健在なのだ。生き物や自然や人を思う心が、しっかりと生きている。「中央」や「都市」で、とうの昔に無くなってしまったものが・・・。



    【2010/07/19 16:22】 | 社会
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