心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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    夕日


     「私は戦争の被害者だけれど、加害者でもある・・・」
     ある被爆者は、65年目にしてようやく語り初めた。
     「『水をやると亡くなる』。そう聞いていたので、水を求めて私の足にしがみついてくる手を、振りほどいて逃げた」

     原体験を持つ被爆者が年々少なくなっていくいま、世界の若者やジャーナリストが、ヒロシマ、ナガサキに押し寄せて来ているらしい。
     あるアメリカ人フォトグラファーは、老人の体験を聞きながら、カメラを持つ手が震えたという。その人の表情、瞳の奥に、いままで見たことも無いような、もの凄さを感じたからだという。

     沖縄のチビチリガマが公にされたのは1987年。戦後42年目のこと。親が子を、子が親を、最も愛する者の命を自らの手で絶つという極限の状況は、同じ村人同士でさえ、語り得るはずもなかった。

     『はだしのゲン』の作者、中沢啓治も父と弟、姉を炎の中に置いたまま、半狂乱の母親の手を引いて逃げ惑ったという。



     亡くなった肉親や仲間への悲しみだけではない。生き残った自分自身に対する罪悪感を抱きながら、口をつぐみ続ける数知れぬ人々がいる。

     声高な叫びや居丈高な言説に覆われた歴史の表層とは裏腹に、実はもっと深い深い流れの底に、いまだ語り得ぬ無数の人々の苦渋と沈黙が横たわっている。被爆者老人の、濡れた瞳の底のただならぬ眼光は、そこに発するようにも思う。

     原爆が善いとか悪いとか、戦争が善いとか悪いとか、世の中が善いとか悪いとか言う前に、わが心の最も奥底にあるものを直視せよと・・・。
     


       沈黙の中にこそ、全てが隠されているのかも知れない。
     
         人類の光も影も、罪も栄光も・・・。

            その「沈黙」にこそ、いま心を傾けねばならないと思う。



    【2010/08/06 08:00】 | 思索
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