心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     話はそれましたが、例えば、「女性用トイレの標識が赤で、男性用は黒か青というのは女性差別になるので、同一色にすべき」とか、とにかくあらゆる男女の性差を抹消しようという発想(ジェンダーレス)では、一種の硬直した論理形式主義に陥ってしまいます。
     本来の「ジェンダーフリー」の思想は、性別そのものを否定する「ジェンダーレス」とは違うはずですし、私も特定の思想、運動、団体を批判しているわけではありません。

     「女は家庭に」などと言っているのでもなく、寧ろ逆ですが・・・。
     けれども今の日本社会で、文字通り「男性と同じように女性も働く」を適用すれば、仮に家事、育児からも完全に解放されるという条件を設定したとしても、日本人の女性の過労死、自殺率は確実に増加するだろうと思います。



     私が一番言いたいのは、「これ以上、男を働かせるな」ということです。さらに言えば「男も女も働くな」と言いたいのです。今の日本社会での「労働」の実態がいかに非人間化しているか、そのことをぬきに、とにかく「平等に、非人間的労働に従事しましょう」では本末転倒だと思います。

     男性自身も、そのことにはなかなか気づきません。
     自分の意志で人生を選択しているように思っていても、実は「男はこうあるべき」という社会的に形成された性役割、まさに「ジェンダー」によって自らの価値観や感受性や意識が形成されてきたはずです。ボーヴォワールの言葉は、そのまま男性にも当てはまります。つまり「人は男に生まれるのではない、男になるのだ」と。

     近代社会において男性は、「賃金労働」から逃れられない人生、「賃金労働」をしないという選択ができない人生を歩まされてきました。「男は(が)仕事をするのが当然」という男女ともに共有されてきた(ている)社会的価値観が、あたかも本来の自己の自由意志であるかのように信じ込まされてきたのだと思います。

     では「働かずにどうやって生きていくのか」と、思われるでしょうが、逆に聞きたくなります。「生きるための労働の結果、死に至るというのはどういうことなのか」と。

     日本の「賃金労働」者の置かれている労働条件の過酷さ(長時間労働、サービス残業、過労死、過労自殺 etc.)は、先進国の中では類をみない特異さです。なので英語ではそのまま “ KAROSHI ” と翻訳されるそうです。

     非人間的な「賃金労働」という最大の負荷を担わされているのは男性であり、その経済構造によって社会が形成され、その社会の中で様々な差別も存在しているわけです。例えば長時間労働を強いられる日本の男性が、家事に費やす時間が少なくなるのは、「意識」以前に物理的限界の問題です。

     この「労働」ー経済システムの問題を度外視した差別論争や政策は、それが「フェミニズム」であろうが「アンチ・フェミニズム」であろうが、このシステムの存続によって得をする一部の人々によって、うまく利用されていくことにしかならないのだろうと思います。

     女性も過労死するほど働かせることができれば、一体誰が得をするのかということです。



    【2010/10/18 11:29】 | 社会
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