心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     男性名詞と女性名詞という性別をもつ言語がたくさんあることは、人間の意識活動の中で「性」が、いかに大きな位置をしめているかを示しています。
     極めて原初的な人間の思考や感性に、二極性の対立と統合というパターンがあり、そのような目には見えない心理的極性を、人類は古くから自己の内面に感じてきたはずです。だからこそ、すべての名詞に「性」を振り分けることもできたのだと思います。

     西洋占星術では、生まれたときの天体配置で、その人の男性性と女性性が規定されます。例えば私の場合、男性性:女性性は6:4です。女性性の割合が強い男性や、男性性の方が強い女性も当然いるわけです。この魂レベル(?)での「性」は、基本的に両性具有であり、生物学的性とは、全く相関しません。

     実は、私がカウンセリングをする時、クライエントの心理の内に「男性性」と「女性性」の両方を見ているので、占星術の発想には全く違和感がないどころか、寧ろそういう考え方の方が理解し易いと思っています。「母性」や「父性」も、その両方が同時に個人の内面に存在すると考えます。

     「母性は女性固有の能力であり、それを基準に女性を評価することや、母性そのものを考えること自体が、性差別の根本的な原因である」と主張する人もいます。しかし、今日「母性」、「父性」、「男性性」、「女性性」という時、寧ろ操作的概念として使われることの方が一般的であり、生物学的実体に由来するとは限りません。「母性は女性固有の能力」と言うこと自体が、既に言葉の意味のすれ違いを孕んでいます。

     男性の中にある「女性性」、母親の中にもある「父性」、社会の中にある「母性」etc. というふうに捉えてみると、人間や社会というものが、とても立体的で
    流動的、かつダイナミックに見えてくるように思います。家族や恋人や集団の関係を生物学的な「男」、「女」ではなく、個々人に内在する二つの極性の相互関係として観ると、わかり易いことも多々あります。

     娘が父親に対して「母親」役をやってなだめていたり、母親が息子に対して「父親的」に振る舞ったり、父親が子供を「母性的」に受け止めていたり、近所のおばさんが、実の母親以上に「母性的」に接してくれたり・・・。そういう複合的な相互関係を、誰もが経験しているはずです。




    【2010/10/19 20:00】 | 社会
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