心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     人や自分の心のありようを「わかって」しまう、あるいは「わかった」つもりになってしまうことは、必ずしもいい事ではないのだと思います。

     禅問答は、そのような「分別知」の限界、「わかる」ということの限界を体験させていくものです。例えば両手を打って、「この音はどちらの手から出たのか」と問われると、答えに窮します。ひとつの音を右手にも左手にも「分けられない」、即ち「分からない」と言うしかなさそうですが。
     いずれにしても・・・音は聴こえます。
     
     あるがままに聴くこと。 
     あるがままに観ること。
     あるがままに感じること。
     あるがままに体験すること。

     「分けて」考えたり、分析したり、分類したり、レッテルをはったり、言葉や概念の枠の中に納めるのではなく、“ いま ” 、“ ここ ” での生の体験そのものをあるがままに受け入れることの方が、より本質的なのだということです。

     人と人との関係も、両手を叩いた時の音のようなものかも知れません。「あなたが私に腹が立つ」とすれば、それは「あなた」だけの問題でも「私」だけの問題でもあり得ないのだということです。

     そしてより本質的に人や世界や自分自身と関わろうと思うのならば、できるだけ自分の思考や感情にとらわれずに、自然体でいることです。

     究極のところ、自分のありようが問われてしまう訳ですが、それは当然かも知れません。自分のありようを棚に上げて、人のありようを「わかろう」としたり、「分別」の「枠(わく)」の中に封じ込めてしまうというのは、とても傲慢なことでしょうから。

     そんな「わけ」の「わからない」人とは「わかれた」方がいいこともあるのでしょう。


    【2010/07/08 19:14】 | 心理
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    一輪
    魂の世界にいるようなブログに出会ったような…。
    そんな気持ちです。本当です。言葉が無かったら?
    と思ってしまう事が度々。余りにも嘘やごまかしや
    裏腹に使われているようで…。哀しいほどに。
    ありのまま。素直なまま。愛のままで生きていたい。誰が解ろうと解るまいとも…。
    周りを見ても、何か大きな事を忘れているのでは?と、感じ続けてきた日々です。
    このブログに感謝です。


    アポロン
    一輪さん

    ありがとうございます。

    ほんとうに「愛のままで生きていたい」ですね。


       また、お立ち寄り下さい!

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     カウンセリングに限らず、人間関係で相手のことがよく「わからない」という時、人はあれこれ考えて慎重になるので、大きなトラブルは案外起こりにくいものです。

     むしろ難しいのは、よく「わかる」という時です。
     親子、夫婦、恋人 、友人 etc. お互いよく「わかっているはず」の関係においてこそ、大きなすれ違いやトラブルは生まれるものです。

     「わからない」より「わかる」方が安心できるので、人は「わからない」気持ちの「わけ」を知りたくなります。それがわかれば心の整理箱に納めることもできますから。例えば「何だそんなつまらないこと」という箱や、「とりあえず、私には関係ない」という箱や、「それは私が何とかしなければ」という箱等に「わけて」納めます。
     この「わからない」から「わかる」までの処理の過程には、必ず「分別」(思考)が用いられます。

     ひとつの落とし穴がここにあります。「分別」や「思考」そのものが、あまりあてにはならないということです。
     
     例えば、かつて『登校拒否』を精神疾患として、病院に強制入院させていた高名な医者もいましたが、いまではとんでもないことです。「『引きこもり』は、専門的治療を受ければ必ず『治る』。一定期間放置されると、自力で回復することはあり得ない」という、やはり高名な医者の発言や著書も、現実の経過そのものによって覆されてきました。

     「わかった」つもりが長く続けば、「思い込み」になって、なかなか「思い直し」がきかなくもなります。「偏見」というのはそういう誤りのひとつとも言えます。  (つづく)


    【2010/07/07 19:25】 | 心理
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    hanako
    そうですね。。

    思い込みって、何の根拠もないのにかなり根が深い気がします(^_^;)
    思い込みの激しい私は偏見を持ちやすいかもしれません。。

    うん。。確かにそんな気がする。。





    「思い入れ」
    アポロン
    「偏見」というのは屁理屈のついた「思い込み」です。理屈っぽい論理志向型の僕みたいな人の方が、寧ろ陥り易いと思います。

    なので、「何の根拠も無い」思い込みというのは、寧ろ直感的な「思い入れ」なんだと思います。それは、悪い事でもなく、そういうタイプなんだと思いますよ。乙女座らしい直感力!!


    hanako
    よかった(*^^)v

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     ひとつの目標に向かって、気持ちや考えをまとめあげていく。そんな心のあり方を「意志」と呼びます。
     「意志を強く持って」とか「意志薄弱」とかいわれるので、それは「心の強さ」とほぼ同じように理解されているようです。

     では「心の強さ」とは何かというと・・・、これを測る単位はないのです。
     思考力や知能については IQ とかがありますが、これも本当は「知能」のすべてが測られるのではありませんし、記憶力や右脳的な直感力は IQ テストでは測定できません。


     時に厄介なのは、あまり良くなさそうな「心の強さ」です。
     
     どんなに周りからアドバイスされても、耳にはいらない「意固地」さ。
     本当は反対したいのに、言われた通りにしかできない「臆病」さ。
     みんな楽しんでいる時に、「誘惑」に負けまいとする「柔軟性」のなさ。



     もちろん、目標に向かって、考え行動していく姿が、人を感動させることもありますが、そこにはなぜか、とてもしなやかでおおらかな心の動きが伴っているように思います。
     
     何を目標としているのか、心の底から歓んで行動しているのか、どんな感情に支えられているのか、その内容が人を感動させるのだと思います。



     最近、『てぃだかんかん』という映画を観ました。沖縄の海を再生させたい一心で珊瑚の移植をはじめた、実在の人物 金城 浩二 さんの物語です。

     本人の著書を読み始めているのですが、金儲けしてマイホームを建てるために、必死で働いたそうです。ただ、その目標が達成されてしまった時、「なんのために稼いでるんだろう」と思いはじめたのだそうです。ここまではよくある話です。

     子どもの頃から海や生き物が大好きで、辛い時にはいつも海に向かって「僕に力をください」と祈っていたそうです。ある日珊瑚が白化している(死んでいる)のを見て、彼の「意志」は急展開していきます。



     人の「意志」は、人だけで、あるいは自分一人だけで生み出せるものではないと思いませんか。人を包み込む「自然」と、家族や仲間や人との関わりや出会いの中で、私の心の中に「意志」が生まれるのではありませんか。

     何らかの passinon(熱情)が無ければ、will(意志)の発動もあり得ません。そして passinon(熱情)は passive(受動的)なものです。

     それは、あまりに見慣れた当たり前の事なので、かえって気づきにくいのかも知れません。が、「意志」や「志」は、縁あって与えられるものだと思うのです。


    【2010/06/14 10:19】 | 心理
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    No title
    さとP
    その映画、岡村君が素晴らしいようで見たかったのです。
    難解?高レベル?の意識屋さんのブログも今日は
    私にもコメントできるかも!の内容でした。。。

    なるほど意志(石?医師?)は、受動的なものなのかぁ

    状況によっては天啓、宇宙の流れって事にも似ているかなって思う時もあります。

    何か自分であって自分でないような力や流れが自分を思わぬ方向に位置付けるとか。

    それは昨今、「ぶれない」自分とかも言われているけど
    もっと大いなるものの力による個人だけの力ではないような気がします。
    受動的に起きた意志によって能動的におこした行動やお行いは、はたから見ると一個人の頑張り様に映るかもしれませんが。

    思わず、意識屋さんの脳に触発されてしまいました。





    石みたいに固い医師の意志は…
    アポロン
    >さとPさん
    映画…、久々に泣いちゃいましたぁe-259
    岡村君と原田美枝子の夫婦役が、滅茶苦茶いいi-199
    http://tida.goo.ne.jp/

    これから、「石」のようなブログ、柔らかくしていきますe-441

    mission
    sodafloat
    カネやモノに対するpassionは行き止まり。

    mission(使命)を見つけた時に、passionは本物になるのではないですか。

    vision よりも…
    アポロン
    >sodafloat さん
    なんかのドキュメンタリー映画で聴きました。

       「vision より mission の方が強い…」

      で、自分を空っぽにしていなければ、mission は降りて来ないのだろうと思っています。

    訂正
    アポロン
    嫁さん役は 松雪泰子 の間違いでした。
    原田美枝子 は母親役でしたi-229



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     『思路』…なんて、専門用語は精神科医さえ使わなくなりました。
     
     「思考のすじみち」みたいな意味で、何だか固苦しそうですけど、要は「思いの流れ」くらいに言い直すと、わかり易いのかも知れません。
        
     <フライパンが、おいしそうな…今日は酒やめて…鶯の鳴き声はいいなあ…明日の会議は確か…『ワープする宇宙』か…。>

     こうしてとりとめもなく「思い」が「流れ」て行く訳ですが…。

     そのまま口にすると、変に思われるので言いません。それを変だと思わず、人前でも話すとなると、「思路障害」とか「滅裂思考」と言われるんです。

     正常な「思いの流れ」と異常な「思いの流れ」があるということでしょうけれども、さて問題は…、どこまでが正常でどこからが異常かという線引きですよね。

     ひとつの基準は、「思いの流れ」が、しっかり他者に伝わるかどうか。

        
        いかりのにがさまた青さ
        四月の気層のひかりの底を
        唾(つばき)し はぎしりゆききする
        おれはひとりの修羅なのだ

     
     ぼくの好きな宮沢賢治の詩、『春と修羅』の数行です。伝わる人には伝わるけれど…。伝わらなければ支離滅裂?
     <この前私が○○ちゃんと一緒に食事した、△△ってお店ががあるじゃん…>って、ぼく全然知りませんけど…。連れ合いの一方的な会話は、ぼくにとっては「思路障害」としか思えません!

     患者さんの荒唐無稽な妄想の話でさえ、ようくイメージを膨らませると、つながりが見えてきますから、本来の「思路障害」さえ、それなりの「思いの流れ」があるのです。と、学会で発表すれば、間違いなくノーベル賞候補になるか資格剥奪されるか、どちらかです。


     雲の姿のように、川の流れのように、一日の海の色のように、どんなに気まぐれな変化さえ、決してバラバラではありません。人の人生も同じでしょう。死にたいほど苦しい時も、喜びに震える時も、すべてのできごとはそれぞれにつながっていて、なにひとつ「流れ」を断絶するものはありません。

     それを、「流れ」と受け止めるか、「断絶」と感じるかで、人生はずいぶんと違ったふうに見えるものかも知れませんが。


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    【2010/06/07 21:13】 | 心理
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    No title
    春山辰明
    確かに、思いをその都度口にすると変ですし、異常でしょうが、違う次元ではそれが健全かもしれませんね。
     僕も、よくそのまましゃべってしまうので、失言の王様といわれてますが、滅裂思考の王様に改名しますv-17
     僕の周りには、王様がとても多いようですv-221

    コメントありがとう!
    アポロン
    >僕の周りには、王様がとても多いようです
    確かに。。。
    特にお酒がはいちゃうとねぇ~。

    急に歌い始める人もいるしv-264
    女性同士の会話なんてホント、支離滅裂ですしv-13
    でも、その方がメンタルヘルスには、いいと思いますv-221


    No title
    hanako
    日記を見たらいきなりブログに飛んでたのでびっくりしました(笑)
    こちらには初めてコメントさせていただきます(*^^)v
    とても興味のある面白い内容ですねv-221
    私も、奥様のように。。ついつい自分の思いの流れのままにしゃべってると主人から、突込みが入ります(^_^;)
    でも、本当に自分の中ではしっかりと繋がって現在至ってる内容なんです(笑)
    私は、どちらかというと話が飛んでしまう人の内容を理解できる方なので、私自信も王様の仲間なのかもしれません(笑)
    職業柄、色んな方としっかりと向き合って話をすることが多いため、最初は『何で。。そう思うんだろう?』とか『何故そういう行動を取るんだろう』とか。。理解不能な時がよくありますが、しっかりと話を聞いているとその不可解な言動や行動の理由がわかることが多々あります。それは小さな発見だけど私にとってはとても大きなもので、嬉しいことです\(^o^)/

    全てのことには理由がある。。。

    と思ってますv-221

    学会で発表して是非「ノーベル賞候補」になってください(*^^)v


    女性の会話
    アポロン
    >hanakoさん
    >ついつい自分の思いの流れのままにしゃべってると主人から、突込みが入ります。

    健全ですv-218ぼくは突っ込む元気もありません。

    >でも、本当に自分の中ではしっかりと繋がって現在至ってる内容なんです(笑) 私は、どちらかというと話が飛んでしまう人の内容を理解できる方なので、私自信も王様の仲間なのかもしれません(笑)

    女性数人と男性数人で話してるとですね…。男性は殆どしゃべらなく(しゃべれなく)なります。全部聴いて理解した上で、自分の言葉をさがそうとしますから。で、さあ、話そうかと思った頃には、女性は『あ~^^楽しかった、じゃあ、お茶しようか!』ですから…v-11

    女性は、多分論理以前の情報をやりとりしているに違いありません。。。

    『一般女性における、会話の深層心理』という論文でも書こっかなぁ。
    「そんなこと、女にはとっくにわかってるわよ」って言われるのがオチかなぁ???


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    アメリカの神経解剖学者が、脳内出血によって左脳の機能を失った(言葉が出ない、文字が理解できない etc. )時の経験を語っています。







    「静寂に包まれた至福の大海を泳ぐ大鯨のように自由」な「涅槃」の境地を感じたのだそうです。自己と世界の境界が無くなって一体となる感覚も味わったと言います。

    それは決して科学的な実証とはならないでしょうが、物事を論理的に考える科学者が、生まれて初めての体験を経て、自己の世界観を大きく変容させた事実はとても興味深いものです。

    脳の一部が機能しなくなることによって、それまでには経験できなかった、より大きく深い意識に至るとしたら・・・。例えば「脳死」に至った人の内的世界はどうなっているのでしょう?あるいは知的障害や精神障害があると言われる人々の内面は?

            機能を失う=障害=不幸?

    そんな思い込みがどれほど私たちの意識を狭くしていることでしょう。



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    【2009/07/16 18:34】 | 心理
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