心理カウンセリングやヒプノセラピー(催眠療法)もやっている精神科医です。内科経験もあり。メンタルヘルス、人生のこと 、思索、エッセイ、旅、音楽、ギター、ひとり言 etc.  息抜きに読んで頂ければ幸いです。3.11以降は、原発関連の情報中心です。
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     仏教でもキリスト教でも「嘘をつく」のは大きな罪です。


     嘘をついた事のない人はいないでしょうし、「嘘も方便」とさえ言います。必要な嘘もあり得ます。私も時に嘘をつきます。

     いずれにせよ文化形成の大きな基礎となる、人間同士の言語的コミュニケーションにとって、嘘は有害である事の方が多いのは当然です。



     一方、宗教的に戒められる「嘘」というのは、ただ単に社会生活上や人間関係の次元のみで禁じられているのではないように思えます。
     自らの心を欺くことも「嘘」として数えられるでしょうし、それは他人を欺く以上に罪深く、自分自身の魂を深く害するものだとも思います。
     日常の中で最も多いのは、寧ろこの「自らを欺く」という意識・行為のように思います。

     これは意外に根深くて、社会的な「嘘」以上に見抜き難いものかも知れません。




     政府や東電の「嘘」を断罪するのは簡単な事です。

     


     しかし、これから先、本当に大変なのは、「私」自身の内側にある「嘘」を、しっかり見つめられるかどうかではないのかと思います。

     本心でもっとも深く願っていること、本心でもっとも大切に思っていること。それが何なのか・・・。実は、私自身や多くの人々が見失っているものかも知れません。 

     外的な情報は、本当はそれ程重要ではないとさえ思えます。「わたし」や「あなた」自身が、本当に何を望んでいるかによって、無数の情報は、極めて主観的に取捨選択されるものですから。

     かつてあれほど原爆や核エネルギーや原子力を嫌っていた日本人が、これほどまで安易に原発大国になることを容認してきた歴史。

     その背景には「日本は貧困」、「エネルギーがない」、「先進国並みの生活」etc. そういう表層の意識ばかりに目をむけさせられ、故にそれを煽る情報操作にも容易にのせられてきた現実があるのだと思います。
     「まあ安全と言っているから大丈夫かぁ」という油断や、「アメリカ人みたいな生活がしたいよなぁ」という欲望が、原爆や核エネルギーにたいする呪詛にも近い怒りや悲しみや恐れに蓋をしてしまったのでしょう。とても根深く重い原始的感情が、自らの「知性」や「(文化的)欲望」によって欺かれてしまったのです。



     「自らの心を欺くこと」

     それが如何に重い罪であることか・・・。いかに甚大な代価を支払わねばならないことか・・・。

     だから人々は古来、「祈り」続けてきたのだろうと思います。自らの内にある「聖なる存在」に気づく事ができるようにと。



     

    【2011/04/22 20:14】 | スピリチュアル
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     3号炉に約89トンのプルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料を有する玄海原子力発電所から、およそ100km の所に住んでいます。昨年12月には燃料棒に穴が生じ、放射性物質の漏洩が確認されて、現在点検中のため運転停止状態。

     福島のことは、ひとごとではありません。


     何故、ぼくは生きているんだろう・・・。

     何故、東北の人たちが亡くなったんだろう・・・。



       父親の転院先の主治医に言われました。
      「この状態では、いつ急変して亡くなってもおかしくありません」
       同業者として、全くその通りだと思いました。


     地元の友人が、もうすぐ出産しそうです。

     兵庫県の友人は、今日入学式です。

     福島に留まっている友人は、エイプリルフールをいい事に「ハーバード大学に留学します」なんて、みんなを笑わせて楽しんでました。笑いながら涙が出てきました。




     ナゼ、 ボクハ イマ、 イキテ イルンダロウ

     ナゼ、 アナタハ イマ、 イキテ イルンダロウ


     

     朝から鮮やかな桜の花びらが、眩しいです。



    庭の桜(4/2)



     ナゼ ボクハ サクラヲ ミテイルンダロウ

     ナゼ カレラハ サクラヲ ミルマエニ イッテシマッタンダロウ 
     


       視点の定まらない父の目には、桜の花が見えているのだろうか。
       明日、我が家の桜を持って見舞いに行こう。。。

     


    【2011/04/02 10:10】 | スピリチュアル
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     今日は病院でコンサートです。

     昨日、神戸から来たSさんと話しながら、打ち合わせとリハーサルをしました。
     
     当初考えていた、選曲はいくらか変更されました。

     もちろん、おおげさではなく、東北を含め全国のこと、世界のことを考えて・・・。

     
     聴く人だけではありません。演奏する私たちの中にもいろんな思いがあり、多分いろんな人たちの、いろんな思いの重なり合いの中で、表現が成り立つのだと、この頃は思います。

     どうか、それらの思いが響き合いますように。




    【2011/03/25 12:23】 | スピリチュアル
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     この日本の大災害に、世界中から助けの手が差し伸べられています。そのさなかにもリビアでは、英米仏軍が軍事介入を開始しました。

     「みんな同じ地球の家族 一人にひとつずつ 大切な命」
     
     優しくて簡単なこの歌詞が、いまはどれ程重く感じられることでしょう。


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     チェルノブイリのときも、どうしてもふるさとを捨てられず、敢えて避難しなかった人たちもいました。 
     わたしたちは命の深いところで、この大地や自然に生かされていることを実感します。

     かつて日本のエネルギー需要の多くを支えていた筑豊炭田。
     鉱山の頂上は水平に削られ、ピラミッドのようなボタ山は、しょっちゅう火災を起こし、遠賀川の水は炭で真っ黒。坑道を掘り進むごとに起こる落盤事故。たくさんの坑夫たちが塵肺や結核を患っても、企業や国は否認し続けました。

     戦後の日本の復興が、そういう多くの命の犠牲の上に成り立っていたことを、決して忘れてはならないと思います。

     かつては東京を上回る人口密度を誇った筑豊も、石油エネルギーへの転換で急激に過疎化していきましたが、破壊された自然の景色でさえ、そこに住む人々にとっては、かけがえのない大切な風景でした。


     東京や首都圏の膨大なエネルギー消費のために作られたとも言える福島原発のために、医療もインフラも人間も過疎化した「地方」の人々が犠牲になっていく。その構図は、未だに変わらないようにも思います。

     「都市」を支えるために、人の命や生き物や自然や「地方」が侵される。そんな「都市」や「文明」が本当に必要なのでしょうか?本気でみんなが望んでいるのでしょうか?
     私たちの、現在の生き方や、ライフスタイル、考え方そのものを根本的に変えなければ、どんなに時代が「進歩」しても、本質的には何も変わらないように思います。
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    【2011/03/21 18:34】 | スピリチュアル
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     友人の送別会に小さなコンサートをしました。東北の大災害のただ中でもあり、ぶっつけ本番ですが、祈りをこめていくつかの曲を選びました。


    プレゼント





     ふるさとを失い、いま日本でチェルノブイリのこと、平和のことを歌い続けるナターシャ・グジーさんは、『いつも何度でも』、この歌をもう一度日本のひとたちに捧げたいとおっしゃられたそうです。  
     歌詞を読みなおすと、本当に深く感じます。


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     大昔人々は、大きな災害のときみんなで祈りました。
     ダライ・ラマ14世は菅首相あての書簡で、日本のために「般若心境を唱える」ことを呼びかけています。
     満天の星のように無数の人々が祈れば、それだけでも事態は改善していくにちがいないのだと思います。



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    【2011/03/20 22:40】 | スピリチュアル
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